TPP協定における日本・自民党の国益条件に関する問題提起
(撮影:TPPに反対する人々の運動)
自由民主党(LDP)TPP対策委員会は2013年3月13日、「TPP対策に関する決議」のなかで次のように述べた。「とりわけ、政府は最優先の課題として、聖域または最重要分野の保護を追求しなければならない。すなわち、日本が自然及び地理的条件の制約を受ける農業、林業、漁業における5つの重要産品と、長い歴史をもつ国民皆保険型の健康保険制度のことである。これらの分野の保護が困難と判断される時は、政府は交渉から離脱することをためらってはならない」。
この小論は、自民党が選挙運動の中で推進し、2013年3月13日付の自民党TPP対策委員会決議で繰り返し述べられたTPPに関する6つの国益上の条件が達成されえない理由を説明するものである。本分析は、過去3年間にわたるTPP交渉について集約された情報と、安倍内閣が日本の交渉参加の条件としてアメリカと合意した取引内容を示した公式文書に基づいている。
日本政府はすでに、TPP交渉への参加承認の代価として、自民党のいう条件とは矛盾する譲歩事項に合意している。自民党が掲げた条件のいくつかはアメリカによって明確に拒否されており、2013年2月にワシントンで安倍首相がオバマ大統領と会談した際に明らかになっている。2013年7月18日、米通商代表(USTR)のマイケル・フロマンはアメリカ連邦議会歳入委員会に向けた証言のなかで「アメリカが4月に日本の交渉参加を合意した際には、日本の個別分野での先行的な例外は一切なかった、と強調した」。
TPP交渉参加に関する日本の条件を記載した2つの「食い違った」文書が発表されたことを指摘しておくことは重要である。アメリカが発表した文書では、日本が大きく譲歩したことが強調された。日本はTPP加盟国となるために、アメリカが要求した重要関心事項(利害が対立する)を解決するためアメリカとの二国間交渉をおこなうことに合意するとの内容が含まれていた。さらに、日本郵政による新規の医療保険商品発売の留保に関する合意など、日本からの具体的な譲歩内容が含まれていた。一方、TPP参加の条件を要約した日本の文書には、これらの譲歩が明らかにされていない。ほとんどの日本の新聞は、この経過について安倍内閣の筋書きをそのまま伝えただけだ。朝日新聞はその全体像について報告している。
朝日新聞:日本とアメリカによるTPP合意文書間の隔たり
(2013年4月17日-7ページ)
日米両政府は4月12日、環太平洋連携協定(TPP)交渉会合への日本の参加について合意した。これに基づき、両国政府はそれぞれ別々に文書を発表。しかし、その2つの文書に食い違いのあることは明らかである。両文書とも両国の国内読者に都合よくしたてられている。例えば、日本の文書は日本郵政のかんぽ生命については触れておらず、アメリカが公表した文書は農業問題に言及していない。このような修正により、両国内での文書の受け取られ方に相違が生じる。このことは将来のTPP交渉において問題となる可能性がある。
合意の詳細は、日本とアメリカ双方の公式合意として、佐々江賢一郎駐米アメリカ大使とマランティス通商代表代行との間の往復書簡の形で発表された。
しかし、両国政府はそれぞれの国民に向けて別々に文書を発表し、これについて内閣官房長官は、両国が強調したい部分に焦点を当てて編集したと述べた。日本の文書は「合意の概要」という題名がつけられ、アメリカは「日本との協議」と題した。この命名が文書の食い違いを表わしている。
まず、日本郵政グループ傘下のかんぽ生命について、アメリカの文書は次のように述べている。「日本は、かんぽ生命の[新規または改訂版の]がん保険及び/あるいは単独型医療保険の認可を、民間の保険会社と同等な競争条件が確立されたと政府が判断するまでは差し控える、と自ら表明した」。
しかし、日本が編集した文書は次のように述べただけである。「アメリカと日本は、TPP交渉が決着するまでに非関税障壁に取り組むことで決定した」。この文書からは、日本とアメリカが日本郵政の保険事業について議論をするのかどうかについては不明である。
合意に至る交渉の間に、アメリカは日本に対して、かんぽ生命によるがん保険のような新規商品の着手は認可しないようにと要求した。これは、アメリカンファミリー生命保険などアメリカの保険会社が癌保険及び医療保険の市場で大きなシェアーを有しているからである。
日本は、かんぽ生命が民間分野のライバルと競争する上で、新規事業に着手することには何の問題も生じないだろうと反駁した。けれども、アメリカは受入れないだろう。結局、両国はそれぞれお互いの表現に落ち着き、関係筋によると麻生太郎財務大臣が、かんぽ生命による新規商品取り扱いを日本は認可しないだろうが、しかしこれは合意の具体的事項に関係するものではないとの発表をすることで合意した。
他方、日本が関税撤廃の例外をめざしている農産物に関して、両国はかんぽ生命の事業拡大に関するそれぞれの立場とは反対の姿勢をとっている。
日本の文書では、両国が重要関心分野を有していることで合意したと述べている―すなわち日本にとっては農産物でありアメリカにとっては工業製品である。したがって日本の文書は、日本の農産物及びアメリカの自動車の関税は事実上維持される可能性があることをにおわせている。しかし、アメリカの文書はこの点に全く触れていない。
この違いに対してマランティスは12日の電話会談の中で次のように語った。「日本が全ての品目を交渉のテーブルにのせることは、二国間の首脳会談(2月の)で確認済みだ」。
アメリカは自由貿易の推進役を標榜する国だ。自由貿易は推進されねばならないという世論が優勢なため、例外的な問題にできるだけ触れないようにしているのは明白である。
菅義偉内閣官房長官は「合意には何の相違もない」と強調した。しかし、重要関心事項について触れていない文書が、具体的な合意内容としてアメリカ国内で広まるのではないかという懸念がある。
日本とアメリカの間の合意に関して、全米豚肉生産者協議会(National Pork Producers
Council)幹部は15日にアメリカで行われた記者会見で「我々は大変な期待感を抱いている」
と述べた。さらに「全ての貿易品目の関税は最終的に廃止されなければならない」とも語
っている。
交渉の枠組み
日本はTPPに関する2つの交渉に参加することに合意してきた。すなわち(ⅰ)アメリカとの二国間交渉と(ⅱ)TPPの全参加国との多国間交渉、である。この方式には、アメリカが日本に対して最大限の影響力を与えることが意図されている。日本がアメリカの要求を満たすのを待って、はじめてTPPはアメリカと日本の間で施行されるからである。※注
*注)アメリカの最近の自由貿易協定では、議会での法制化に際しては大統領による正式な通知文を必要とするが、それには、協定相手国(この場合は日本)が、協定順守に関するアメリカの要望にかなうよう、国内の法律または政策を変更したという大統領の証明が要求される。 このことは、当該協定の交渉と調印が終わった後にもアメリカが追加的な約定を獲得する結果となるとも批判されている。
同様なことが、例えば2012年1月のアメリカ-パナマのFTAに際しても行われた。このような政策を実行するため、アメリカ政府は協定の施行を承認する前に、相手国が履行すべき国内法等の改正点についてのリストを送付し、ある時は相手国まで赴いてその履行状況を監視する。アメリカが議会の承認を終え、相手国が国内法の改定を履行したのちでも協定が施行されない可能性がある理由は、このような方針によるためである。おそらく、TPPと最も似た事例がアメリカ-中米自由貿易協定(CAFTA)であり、異なった時期、異なった国でアメリカの要求を受け入れようとする中で同様のことが発生した。
(ⅰ)アメリカと日本との二国間交渉
安倍内閣は、他のTPP参加国には要求されていない独特の取決めの中でアメリカとの二国間交渉に合意した。これらの交渉は次の事項に適用される。
(a)自動車の市場参入ならびに、透明性、流通、技術基準、認証手続き、新規及び環境
対応の技術、課税に関する自動車関連の規則、
(b)国内の政策及び規制の枠組みに影響を及ぼす一連の「非関税措置」。合併及び買収、
規制の透明性(アメリカの産業界からの関与)、流通及びサービス網、政府調達、日本郵政のような国営企業を含む競争政策。
これらの交渉の付託事項に関してアメリカが理解した内容は、通商代表部のマランティスから佐々江大使へ宛てられた書簡の中で提示されている。
さらに、アメリカは農産物の市場参入について日本との二国間交渉を行うだろう。他のいくつかのTPP加盟国ともアメリカは農産物に関する同様の二国間交渉を行っているが、全加盟国との間ではない。
(ⅱ)多国間によるTPP交渉
日本は2013年7月23日からTPPの全体交渉会合参加を認められる予定である。マレーシア
で7月15日から24日まで開かれる第18回会合の後半部分である。日本の交渉団は23日まで、公式の条文案を目にすることはできない。
安倍内閣がメキシコやカナダと同様の加入条件に合意したことは広く報道されている。それには、日本が交渉に参加する時点で他の参加国が既に決定した条文はどれも覆せないという合意が含まれている。言い換えれば、日本はまだ「妥結」に至ってない条文についてしか影響を及ぼすことができないのである。
日本政府当局は7月12日、日本の交渉参加後、条文を部分的に修正する権利を留保できると述べた、と報道された。しかし日本がそのような行為が認められると信じているとは思えない。特にマレーシア、カナダ、メキシコは事前に合意済みの条文の再交渉が不可能であることを事前に了承しているからである。
21の作業部会による29の分野に関する今日の交渉状況は公表されていない。しかしマレーシア政府は2013年6月、便宜的に「事実上終結」といわれる分野のリストを公開した。税関手続き、電気通信、開発、中小企業、衛生植物検疫措置、越境サービス貿易、一時入国、政府調達、労働、協力及び能力育成、競争及び事業の円滑化、規制の一貫性、設立条項及び一般的定義、そして行政及び制度的事項である。 「妥結」とは技術的な検討作業が完了したことを意味する。これらの分野での合意をみていない諸点は、主席交渉官または政治レベルで解決が図られよう。日本は、その過程には参加できるであろう。
議論となっている主要な分野は、アメリカが最も急進的な要求を掲げている分野である。すなわち知的財産権、特に著作権、特許そして地理的表示;環境、競争、特に国有企業;電子商取引;そして農産物を含む物品市場参入である。
二国間交渉と多国間交渉との関係
TPP本交渉と、自動車、農産物の市場参入、非関税措置(NTMs)に関するアメリカと日本の二国間交渉には実質的な重複がある。これら二つの交渉の関係は明確ではなく、部門や規則によっても異なる。
自動車と農産物に関する二国間交渉の結果は、TPP協定の最終版に含まれると考えられ、TPPの紛争解決手続きを通じて施行されるものとなるだろう。
非関税措置に関する二国間交渉の法的位置づけは若干明確さに欠ける。米通商代表部の概要説明には、二国間交渉の結論に従って処理されねばならない問題があげられている。また非関税措置交渉の結果は、協定がアメリカと日本との間で施行される時点までには実施されなければならない、とも述べている。 米通商代表部の概況報告書は、非関税措置の交渉結果はTPP自身と矛盾してはならないだろうが、法的拘束性のある合意、書簡の交換、及び新たなまたは修正された(日本国内の)規制または法律を通じたものなどを含む方法によって「謳われる」こともあるだろうと示唆している。
したがってアメリカと日本との間で合意される規則は、日本と他のTPP加盟国間で適用されるものとは異なってくるだろうと思われる。他の国が同じレベルの譲歩を日本から引き出したいと望み、またいかなる最終的な合意内容に対する履行及び遵守のコストが増加する場合には、その交渉を複雑化させるものとなろう。カナダはすでにアメリカに対して、日本と行う自動車及び他の問題に関する二国間交渉がどのようにカナダに影響するかについて明確化するように求めているが、公式の回答は出されていない。
並行交渉のタイミング
米通商代表部によれば、二国間交渉は2013年7月23日に日本がTPP会合に参加する時に始められ、参加国間のTPPに関する多国間手続きと並行して行われることになる。この交渉の決着時期は明確になっていないが、米通商代表部は次のことを公表している。
a)アメリカは非関税措置に関して、TPPが他の参加国と決着した「後に」も日本との交渉を継続することがありうる。
b)自動車と非関税措置については同時に妥結されること。「これらの問題全てを決着しうることなしに日本との間でTPPを決着させることはない」。
c)非関税措置交渉の結果は、協定がアメリカと日本との間で施行される時点までには実施されていなければならない。
つまり、日本とアメリカの合意が二国間交渉において達成されるまで、TPPの全体交渉も続けられるということである。さらに、TPPに含まれる広範な問題に関して日本とアメリカで別の付帯的合意がなされることを意味する可能性が高い。他のTPP参加国ならどちらの方法も好まないだろう。
先に注)で述べたように、アメリカ国内の手順によるとTPPがアメリカと日本の間で施行される前に、アメリカと他のTPP参加国との間で施行されるというリスクがある。
要するにこれは、アメリカが農産物及び自動車に関する二国間交渉の結果に「満足」し、 非関税措置の交渉による結論と一致すると確信できる内容を日本が履行するまでは、TPPの下でのアメリカの義務は日本に対して実施されないことを意味している。結局、交渉結果に対する拒否権をアメリカに与えているのだ。まさにアメリカ-中米自由貿易協定(CAFTA)で起きたことである。アメリカが満足するような条件を満たした参加国は、CAFTAの恩恵を受けられることになった。参加国のなかには自国の国内承認手続きが終わっているにもかかわらず、何年間もCAFTAの恩恵を得られなかったところもあったのだ。
さらに、このような二国間交渉の中で、より幅広く交渉されるTPPでアメリカが達成できるよりもいっそう強力な約定をアメリカが日本に要求できることを意味している。言い換えれば、日本はこの二国間交渉の結果としては他のTPP加盟国よりも強い制約に直面しているようだ。
事実上、二層状態の条約になるだろう。すなわち、アメリカと日本を除いた全参加国によるTPPと日本・アメリカ間の“TPPプラス協定”の二層である。
自由民主党の条件1:日本にとって重要な農林水産物、すなわち米、小麦、大麦、牛肉、豚肉、乳製品、砂糖は、交渉から除外されるか、または再交渉されるべきであり、それにより、日本の農民は今後もこれらの農林水産物を生産することができる。関税撤廃は、10年以上にわたる段階的なものでも受け入れるべきではない。
これらの条件が達成できないと思われる4つの理由が存在する。
(ⅰ)アメリカは、センシティブな農産物に対する市場参入を除外するいかなる約束の存在も否定した。
TPPへの日本の参加に関し、米通商代表部代理(USTR)により公表された声明では、
「2011年11月12日のTPP首脳により発表された合意概要に記載された、包括的で高水準な合意」を、ほかのTPP当事国とともに日本も達成することを約束したと述べられた。2011年11月の首脳声明では、TPPの目標の1つは各国の商品市場への包括的、無関税の参入であると述べられている。
米通商代表部の声明では、農業についていかなる例外も言及していない。単に2013年の共同声明でなされた「日本にとっての農産物、アメリカにとっての工業製品のような二国間の貿易上の重要関心分野を抱えていることを認めつつ」、両国は規則や市場参入に取り組むだろうという一般的見解を繰り返しているのみである。
連邦議会歳入委員会への証言のなかで、米通商代表部(USTR)マイケル・フローマンは2013年7月18日、アメリカが4月に日本の交渉参加を認めたとき、個々の分野において何ら事前の除外は存在しないことを強調した。
(ⅱ)TPPにおける農業の市場参入交渉におけるアメリカのアプローチとは、自国の利益を守ることであり、他方、ほかのすべての国は2011年9月のTPP首脳声明に沿って自らの市場を包括的に開放すべきであると主張することである。
アメリカは、利益の攻めと守りを達成するための独特の戦略を採用している。農産物の市場参入交渉はTPP当事国すべてと集団的に行うよりは、もっぱら二国間で行うだろう。さらに、まだアメリカとの自由貿易協定を結んでいない国々とのみ農産物の市場参入交渉を行う。ブルネイ、マレーシア、ニュージーランド、ベトナム、日本がこれに含まれる。二国間の農業交渉はたいへんゆっくりと進められているが、これはアメリカが少なくとも交渉終局の政治的交換条件の時まで、実質的な市場参入に関する提案を渋っているからである。
アメリカは、自由貿易協定を結んでいるオーストラリア、チリー、メキシコ、ペルー、シンガポールとの農産物の市場参入に関する付帯条項の交渉再開を拒否した。米通商代表部によると、これらの合意は現在実施の段階にあるというのが理由である。しかし、アメリカとオーストラリアの自由貿易協定において関税割当枠以外の数量に適用される関税撤廃の実施期間が牛肉について9年から18年の間、関税割当制度が乳製品については維持、また砂糖については変更されていない中なか、これでは、市場参入の付帯条項を再検証できない理由を説明することはできない。
15 Demetrios Marantis 大使からKenichiro
Sasae 大使への2013年4月12日の書簡
16 2011年11月12日のTPP首脳によって承認された、首脳に対する環太平洋パートナーシップ(TPP)貿易大臣レポート
17 2013年2月22日ホワイトハウスにおける米日共同声明
18 2013年4月12日のDemetrios
Marantis大使からKenichiro Sasae大使への書簡の添付書
19「TPP交渉は容易ではないと首席貿易担当官が語る」、2013年7月18日のAP通信社
20「TPPへ向けて:日本との協議」、2013年4月12日のMichael
FromanとDemetrios Marantisとの電話会議の記録
21オーストラリア生産性委員会、二国間と地域間の貿易協定、キャンベラ、2012年11月、67
アメリカのご都合主義を実証する事例は他にもある。北大西洋自由貿易協定(NAFTA)の下、カナダとの市場参入再交渉を選択的に行うことを決定し、他方、ほかのアメリカとの自由貿易協定について再検討することは拒否したことが最近報告されている。
この方法により、アメリカは現存する自由貿易協定で獲得した農業保護の政策を維持し、同時に個々のTPP当事国にアメリカの重要関心品目の市場への参入を個別に定めることが可能になっている。例えば、オーストラリアとアメリカの自由貿易協定は、オーストラリアに対するアメリカの砂糖市場の開放を除外した。オーストラリアとの市場参入再交渉を拒否することにより、アメリカは除外品目を維持することができる。アメリカは、ニュージーランドと別に交渉を行っていることから、オーストラリアの乳製品の輸出に対しては18年かけて段階的に導入すると合意した低関税率の関税割当の供与をニュージーランドには拒否することができる。
この二国間戦略によってアメリカは守るべき利益を保護することができる。同時にこの戦略により、巨大農業関連企業に代わって、マレーシア、ベトナム、ブルネイ、日本の農産物市場への参入を強引に要求することも可能だ。言葉を換えれば、二国間アプローチにより、アメリカはTPPの枠組み内で二重基準を設定することができるのである。
この選択的二国間交渉を通して市場参入交渉をおこなっているのは、アメリカとペルーのみである。この方法により、当然のことながら、アメリカ市場の市場参入の水準は相手国によって異なり、アメリカ市場の市場開放スケジュールをTPP参加国との全体交渉を通じて多国間で決定することが不可能になっている。ペルーの主席交渉官は、結果として、輸入品にデリケートな分野が少ない国に対してより高い譲歩を求めるなどの融通がきくため、協定が野心的なものになるだろうと断言した。しかし他の参加国はこの方法に否定的であり、TPPの質を低下させ、協定を大変複雑にするものであると主張している。これらの国々は、すべての国の市場参入を最恵国待遇の責務を基礎にした、同一の付帯条項に統合することを望んでいる。産業界代表のなかからも、同様の主張を支持する声があがっている。
二国間交渉のなかでアメリカがこれらの二重基準を主張することは日本も予測できるだろう。
(ⅲ)日本による特定農産物の除外をアメリカが認めたとしても、ニュージーランドや
オーストラリアはこの例外に反対するだろう。
日本から要求のあった市場参入の範囲について、アメリカの農業関連産業界は柔軟に対応する可能性があることを示唆した。コメ産業の代表者は、日本との交渉で完全な自由化を要求しないという結果も受け入れ可能であると述べた。アメリカの食肉産業は、日本がすべての関税を撤廃することを望んでいるが、日本に輸出するにはオーストラリアやニュージーランドとの競争になることを認識している。アメリカの砂糖生産者は、市場参入を日本に要求しないことで、他のTPP参加国に対し市場参入の責務からの砂糖の除外を正当化できる。アメリカの乳製品生産者は、日本市場への参入について、強制力のある衛生植物検疫措置(SPS)規制の採用と、厳格でない地理的表示の採用を望んでいる。
たとえ米通商代表部が柔軟に対応する用意があったとしても、オーストラリアとニュージーランドはそうではないことを示唆している。両国とも日本の農業市場への参入を望んでいる。また、日本がアメリカやカナダに対して農産物を除外する前例をつくらないという確証を得たいと考えている。
ニュージーランドは、日本の農業の例外に対してどの国よりも明確に反対の意を示している。TPPは日本の乳製品市場へ参入する唯一の方法であり、アメリカにもニュージーランドに対する乳製品の市場参入例外の言い訳を与えたくはない。ニュージーランドの貿易大臣ティム・グローサーは日本の参加について、2011年11月の声明に合致する、包括的で高度な水準の協定になるよう日本が責務を果たすことを前提に参加を支持すると語った。
22「アメリカ、市場参入に取り組むベトナム、リマTPPラウンドにおける繊維」Inside US Trade紙、2013年5月16日
23「関税削減を求める産業界はアメリカの市場参入・アプローチに失望」Inside US
Trade 紙、2013年5月23日
24「アメリカ米生産者がTPPにおける日本の市場参入について柔軟性を示唆」Inside US
Trade
紙2013年4月16日
25「農業での日本との交渉は、関税で厳しい闘いになる」、Inside US Trade紙2013年5月2日
26「農業での日本との交渉は、関税で厳しい闘いになる」Inside US
Trade紙2013年5月2日
27「アメリカ乳製品生産者は語る、TPPは自分たちの支持を得るには4つの要素が含まれなければならない」Inside US Trade紙2013年4月19日
2013年4月24日のジャパン・プレス・クラブでのスピーチで、グローサー・ニュージーランド貿易大臣は「貿易政策とは、変化の管理である」と述べた。ニュージーランドは、日本の重要関心品目を認識しているが「われわれは、農業であれ、自動車であれ、他の分野であれ、これらの重要関心事項について、貿易自由化から除外して取り扱うつもりはない」。「貿易政策の道具箱」には、期間をおいての段階的措置や、生産と関連させずに農民への支払いを行うWTO型の「グリーン・ボックス」のような方法があるとの見方を示している。ニュージーランドの特別農業貿易代表アラステア・ポールソンは「農業産業は、過去の協定で使われた長期間にわたる段階的廃止やセーフガードを許容する用意があるが、例外なしに徹底した関税撤廃を行うことが絶対必要である」と述べている。
オーストラリアも同様の立場をとっている。自由貿易協定のための日本との交渉は、農業問題で何度も行き詰っている。オーストラリア商工会議所は、日本はTPP協議の参加を許可される前に、二国間交渉を誠実な証として終結させるべきであると語った。
こうした情報を基にすると、日本はTPPから除外できる農産品が1つでもあるとは考えられず、自由民主党が言うところの聖域があると信じられる根拠は皆無なのだ。
(ⅳ)日本の農業の管理体制も攻撃されるだろう。
市場参入の制限に加えて、日本は輸入と国産農産品の供給と流通を管理する数多くの仕組みを用いている。こうした仕組みは、食の安全保障という理由から国産食糧品を支援し、日本の様々な地域の生産力を維持するために設計されている。
米通商代表部の2013年の貿易障壁レポートは、アメリカの輸入品に対する障壁と思われる「非関税措置」に焦点をあてている。これらの中には、小麦の供給管理制度、コメの輸入管理体制を担う農林水産省の食糧庁、国内牛肉生産者のためのセーフガード、豚肉のための差額関税制度などがある。アメリカの乳製品産業界は、乳製品の市場拡大手法と非関税措置について懸念を表明している。オーストラリアとニュージーランドは、カナダと日本の農産物供給管理体制に反対している。
日本の農業の管理体制のこれらの状況は、二国間のプロセスでも、集団的なTPP交渉でも攻撃される可能性が高い。これらの仕組みに影響を及ぼす特別の規制が、「物品の章」に含まれている可能性もある。それらのいくつかまたは全ては、「競争の章」の国有企業の分野でアメリカが提案した規則の対象にもなるだろう。現在提案されている国有企業や政府機関の定義はかなり広義だからである。これまでのところ、他の参加国はこのアメリカの条文案を受け入れていない。しかし、たとえ拒絶しつづけたとしても、アメリカは二国間の非関税措置(NTM)交渉を使って、日本にこれらの規則を使う農産品供給管理システムを改訂するよう要求するかもしれない。
28Hon Tim Groserニュージーランド貿易大臣、「日本ナショナル・プレス・センターにおける演説」2013年4月24日
29ホン・ティム・グロ-サ-・ニュージーランド貿易大臣「日本ナショナル・プレス・センターにおける演説」2013年4月24日30「ニュージーランドの産業界はこう見る、TPPへの日本の加入による良い影響と悪い影響」Inside US Trade紙2013年3月14日 31「オーストラリア会議所は語る、日本はTPPに参加する前に二国間の自由貿易協定に署名すべきInside US Trade紙2013年3月14日32米通商代表部の貿易障壁評価レポート2013年版205-6
33「産業、農業グループは、日本の進行中のTPP協議への参加を支持」Inside US Trade紙2013年5月21日
TPP交渉は、4つの方法でこの条件を弱体化させるだろう。(ⅰ)日本がこの交渉参加に当たってアメリカの承認を得るためにすでに了承をした“手付金”、(ⅱ)二国間交渉の付託事項、(ⅲ)TPPの多国間交渉における包括的市場参入の責務に関する要請、(ⅳ)アメリカ自動車産業界の日本参加に対する反対。
(ⅰ)日本のTPP交渉参加のためにアメリカが決めた前提条件として、日本はアメリカ
車の一定枠の参入を促進する迅速な対応を求められ、一方、アメリカは長い期間をかけて自動車関税を変更することを約束した。
TPP交渉参加についてアメリカの支持を得るために日本が支払った代価には、自動車の市場参入において非常に不平等な約束が含まれていた。日本は、輸入自動車特別取扱制度の下で迅速な処理手続きによる輸入を受け入れ、日本における厳しい環境テストや安全検査を事実上免除し、2000台から5000台へと自動車の台数を増やすことに合意した。この変更はただちに実施される。
見返りに、アメリカはTPPの下で、あらゆる製品のなかで最も長い準備期間に合わせて、日本車輸入の関税を段階的に廃止していくことを約束した。その期間は少なくとも10年、おそらく18年から20年であろう。また、これらの関税削減の実施は後ろ倒しになる可能性もある。つまり、いかなる意義ある変更もこの期間が終わらなければ生じないということである。段階的廃止が、韓米自由貿易協定の類似の措置を「実質的に凌ぐ」というアメリカの声明からも、アメリカは日本車に対しての市場開放を韓国からの自動車よりもさらにゆっくりと行うことを意味すると解釈される。
特別セーフガード・メカニズムは、関税「スナップバック」メカニズムと同じく、韓米自由貿易協定のメカニズムを少なくとも反映するような最恵国適用関税率が適用される。アメリカは、市場参入の責務を回避するためにセーフガードを利用することで有名だ。セーフガードの詳細は、自動車に関する進行中の二国間交渉の一部に含まれるだろう。
(ⅱ)包括的な市場参入の責務に対する要求は、自動車にも該当する
「2011年11月12日のTPP首脳によって公表された協定概要で記されている包括的な、レベルの高い協定」のための要件は、自動車にも該当する。しかし、アメリカが日本のTPP参加の交渉で使った二重基準は、自動車の市場参入に関する交渉でも、二国間、多国間を問わず継続するだろう。カナダも、自動車産業に利害があり、アメリカが日本との間で達成したのと同じ内容を求めることが予測される。
(ⅲ)自動車についてのアメリカと日本の二国間交渉により、アメリカは日本から安全と
環境の基準で譲歩を引き出せるだろう。
自動車貿易についての並行する二国間交渉の付託事項には、規制措置に関する膨大なリストが含まれる。これら二国間交渉における合意内容は、TPPの紛争解決メカニズムを通して実行されることになるとアメリカは述べた。その論点には次が含まれる。
34文字通りの解釈では、特定の農産物のためのいかなる市場参入の提供をも拒否していることか
ら、アメリカはそれらを実施する必要はなかったことを意味する。
35「米日自動車交渉は、アメリカ市場を守り、日本の開放を求める」、Inside US Trade紙、2013年4月19日
36「米日自動車交渉は、アメリカ市場を守り、日本の開放を求める」Inside US Trade紙、2013年4月19日
37Demetrios Marantis大使から佐々木憲一郎Kenichiro
Sasae大使への書簡、2013年4月12日
・提案されている規制措置の先行公示、新たな規制措置の進展に関する「透明性」と無差別、新たな措置の進展と実施過程のすべてにわたる情報に対する意義ある機会、条件を満たすための合理的期間、規制実施後の評価
これらの交渉は、アメリカ産業界が日本の規制政策に与える影響を最大化し、日本の産業界が特別の待遇や影響を受けていると思われる場合は異議を唱えられるように仕組まれている。このリストは、TPPの「規制の一貫性と透明性に関する章」と一致しているが、多国間のTPPにおいて合意された以上の内容にもなりうる。
・ 環境性能や安全を含む、基準、技術規制、適合性評価、そして環境に優しく、新た
な技術を伴う自動車に関する新たな問題、とりわけ無差別性
これらの協議では、TPPの「貿易の技術的障壁の章」と同じような問題があがると思われるが、しかしこれも、アメリカの日本に対する要求はそれを凌ぐ可能性がある。
・自動車の流通とサービス
これについては、TPPの責務や、「越境サービス、投資、競争の章」における規則を超えると予測される。
・PHP輸入自動車特別取扱制度下で輸入された自動車も含め、無差別性を確実にするため、PHPのさらなる緩和と資金的インセンティブが競争に与える影響力の検証
アメリカは、日本からTPP交渉参加の代価としてすでに手に入れている譲歩の拡大を狙っており、アメリカが自国の自動車や部品の製造業者に対する差別とみなす安全や環境の基準に的を絞るだろう。
(ⅳ)アメリカの自動車産業界と労働組合は日本のTPP参加に強く反対している(そし
て、「通貨操作」についての追加的規制を求めている)
日本が前提条件を受け入れたにもかかわらず、アメリカの国内自動車産業界はTPP協議への日本の参加に引き続き反対している。つい最近の2013
月7月16日、フォード自動車の広報官は「日本は、世界で最も閉鎖的な自動車市場であり」、「徹底した輸入業者の排除から、輸入ブランドに対する嫌がらせ、そして少量の輸入車に適用され、過剰なコストのかかる独自の規制要件に至るまで、何十年にもわたって次々と障壁が出てくる 」と語った。
TPPへの日本の参加に反対しているアメリカ自動車産業界は、日本による円のいわゆる為替操作に的を絞ってきている。円は、2012年10月以降、アメリカドルに対し27%下落した。三大アメリカ自動車会社を代表するアメリカ自動車政策協議会(American
Automotive Policy Council)議長は、「円安に誘導するため日本が為替市場に介入するのを防止する強力な実効性のある条件」が合意されなければ、「わがグループがTPPを支持することは不可能だろう」と警告した。議会の過半数の議員が2013年6月、バラク・オバマ大統領に対し、日本を名指しはしなかったものの、通貨条項がTPPに含まれることは「絶対に必要」であるという書簡を送った。そのような措置がない場合、アメリカ自動車産業はTPP協定から得られるすべての利益を失うと主張した。
38「自動車をテーマに日米二国間取引、異なる取扱に対するNTM問題」Inside US Trade紙2013年4月18日
39「フォードが、日本のTPP貿易協議の参加を激しく非難」フィナンシャル・タイムズ2013年7
月16日
40「アメリカ自動車会社が、TPPの通貨ルールにロビイングの努力を強化」Inside US Trade紙
自由民主党の条件3:国民皆健康保険制度、公的医薬品価格制度の保護
健康保険や安価な医薬品へ入手に影響のある規則は、とりわけ金融サービス、投資、越境サービス、知的財産、透明性及び規制の内外調和といった提案など数多くの章に渡って触れられている。加えて、健康保険及び医薬品政策は、非関税障壁(NTM)に関する二国間交渉の対象である。これには、日本郵政公社の保険事業、競争政策、経済的利益に関わる国内における政策決定過程の「透明性」、及び知的財産権が含まれる[1]。他にも、こういった国内的に重要な政策がTPPの規則によって間接的に損なわれるような方法が存在する。
(i)
国民皆健康保険
TPP交渉参加の代償として、日本は既に米国に対し健康保険の面で譲歩している。安倍政府は、民間の保険業者が同等の競争条件で事業を行うまでは、かんぽ生命保険によるがん保険の新商品・既存商品の改定品、単独型医療保険の販売申請を認可しないことに合意した[2]。この譲歩については、日本の交渉参加状況をまとめた米国の概要では強調されているが、日本の概要では省略されている。
日本の国民健康保険制度は、金融及び健康セクターを通じた一貫した制度として機能しており、効率的である。この制度は、社会的・文化的性格が強い。対照的に、米国の金融業界は健康保険を非常に有益な金融商品として捉え、これを公的政策としての特色をもたない全く異なる形態の保険として取り扱う。米国の年次貿易障壁報告書は、かんぽ生命保険及び共済が反競争的であるとして、長年に渡って不満を示してきた。また、日本の国家又は民間の保険会社に対する利益を排除する「公平な競争の場」を要求している。米通商代表部(USTR)は2013年の報告書においてもこの苦言を繰り返し述べている[3]。米国が多国間でのTPP協議及び二国間の非関税障壁(NTM)撤廃交渉の両方を通じて健康保険制度の「競争中立性」の実現を目指すことは明らかである。
TPPの「金融サービスの章」は、従前の米国の自由貿易協定に定められた“WTOプラス(以上)”の金融サービスに対する義務に基づいている。米国は、自国の保険会社が、日本の保険規制や保険団体に管理される子会社というよりも、むしろ米国の規制を受ける支店として日本において設立されることが可能になることを望んでいる[4]。「金融サービスの章」には、郵政事業が提供する保険についての特別な付属書があるとされている。これは米韓FTAの付属書に基づくものである[5]。「投資の章」に定められる義務は、TPP参加国の健康保険会社に特別な投資家保護や投資家対国家の紛争解決へのアクセスを与えるであろう。
さらに、「透明性に関する章」は、日本に対し、政策や規制の策定や行政決定過程に米国の保険会社がより積極的に参加することを認めるよう求めるだろう。
また、日本郵政や協同組合を通じた日本の公的健康保険システムは、国有企業及び法人がいかに定義されるかにもよるが、米国が国有企業に対して課す新たな規律の対象となる可能性がある。
並行的多国間非関税障壁(NTM)交渉においても、保険、透明性、投資及び競争政策が取り上げられる予定である。これによって、日本の健康保険に追加の制限が課され、多国間TPPには含まれない米金融業界の特別権利が発生する可能性がある。
国民健康保険制度を間接的に脅かすものは他にも存在する。日本の国民健康保険制度が功を奏しているのは、この制度が経験豊かで献身的な医療従事者、管理された報酬、非営利の病院及びその他の公共施設を伴った公的医療システムに依存しているためである。これとは対照的に、民間健康保険の米国におけるモデルは、民間の保健サービスチェーン全体による本格的な民間競争を必要とする。「TPPの投資、越境サービス、人の移動、透明性、規制の内外調和の章」は、日本の公的健康制度を破壊し、米国の健康サービス業界に新たな機会と権利を創出する意図がある。
(ii)
医薬品の価格設定
TPP交渉に参加しているその他の多くの国と同様に、日本もまた医薬品費用において効率の良いコスト抑制メカニズムを採用している。経済協力開発機構(OECD)の2010年度のデータによると、国民皆健康保険制度をもたない米国がGDPの約17%を医療に支出しているのに対し、日本はそのGDPの9.5%を医療に支出している[6]。
米国の製薬業界は、こういったコスト抑制の手段について、TPPを通じた様々な方法で縮小させることを狙っている。日本で有効な価格規制メカニズムは、「手続きにおける透明性」基準の引上げ、「競争市場ベースの価格設定」の義務、「国際的な参照薬価制度」の利用制限、知的財産(特許)分野で広まっている新たな「審判請求権」、医療技術の透明性、及び政府調達によって制限を受ける可能性がある。米国の製薬業界がもつ影響力は、「規制の内外調和及び透明性の章」によって強まるだろう。
また、日本が医薬品に関連して下す決定によって投資紛争が引き起こされる可能性もある。米国の医薬品企業イーライ・リリー社は、NAFTAに基づき、カナダ政府に対し現在5億ドルの損害賠償を請求しており、ジェネリック(後発)医薬品の製造を阻止又は遅らせようとしている。カナダの裁判所は、有効性に関する科学的証拠が不十分であるとして、二種の医薬品の特許の新用途を目的とした延長を拒否した。イーライ・リリー社はこれに異議を申し立てている[7]。
その他のTPP参加国は、自国の医薬品に影響を及ぼすような米国の要求に応じる用意は(未だ)できていない。したがって、知的財産及び透明性に関する二国間交渉において、米国が日本にこの要求を押し付ける可能性は高い。
自由民主党の条件4:食の安全基準の維持
米通商代表部(USTR)衛生植物検疫(SPS)措置に関する2013年報告書は、米国の要求の中心に確実になるであろう6つの論点を強調している[8]。この報告書は「科学に基づく基準」及びその他の国々(すなわち米国)において適用される基準及び決定過程の認可を強く主張している。また米国の食品業界は食品添加物の認可制限についての科学的根拠が不足している点にも疑問を抱いている[9]。
米国の主な要求は以下のとおりである。
・
反すう動物由来のゼラチン及びコラーゲンの食用制限の解除
・
加工食品に含まれる添加物の新規認可申請の受諾、及び、その他国際的に認められている添加物の迅速審査の促進
・
農薬及び殺菌剤の残留基準値の認可、商品化前後の使用についてのリスク評価、並びに違反への対応の簡略化・能率化
・
コーデックス規格及びその他の国々で広く認められている手続きに一致する新たな残留基準値の設定(すなわち米国基準の認知)
・
国際獣疫事務局(OIE)ガイドラインに一致しない鶏肉及び鶏製品(卵製品を含む。)に対する制限の解除
・
より幅広い原産国、時期、加工場所からの生鮮じゃがいも輸出へのアクセス
・
米国から輸入する全てのフレッシュ・スウィート・チェリー品種に対する同一の燻蒸手順
米国は、TPPの「衛生植物検疫(SPS)の章」で実現したよりも厳格なルールへの日本の同意を確実に取り付けるため、二国間協議を用いることが予想される。これには衛生植物検疫(SPS)規則の全面的な実施が含まれる可能性があるが、このル規則については、多国間交渉においては未だ合意に達していない。米国はまた、生鮮食品分野の迅速な対応の仕組みについても提案している。
TPPの食品基準及び食品表示に関するルールは、遺伝子組換え作物(GMO)にも規制を課すことが予想される。GMO問題は近年まで注目されていなかったが、2013年5月、カナダの穀物生産者らがGMOやバイオテクノロジー作物に対する新たな義務をTPPに盛り込むよう要求した。これらの生産者らは、低レベルかつ微量の未認可GMOの認可、認可の同時性、及びリスク評価の相互認識を要求しており、かつ、日本政府に対しては未だ国際基準の制限を受けていない新たな農薬、除草剤及び殺虫剤の残留基準値を設定するよう要求している。カナダの穀物生産者らは、米国及びオーストラリアの穀物業界が自らの立場を支持していると主張している[11]。
貿易の技術的障害(TBT)を含むその他の基準については、並行交渉で取り扱われる。米通商代表部(USTR)による貿易の技術的障害(TBT)に関する2013年年次報告書は、栄養表示や栄養基準、オーガニック認証及びブランディング、遺伝子組換え食品の表示義務などに関する日本のルールをターゲットとしている[12]。これらの点はすでに日米経済調和対話において協議されている。二国間及び多国間TPP交渉を通じて、米国は日本に対しその食品基準・食品表示制度を変更するようより高圧的に求める機会を得るだろう。
自由民主党の条件5:国家主権を侵害するような投資家対国家の紛争解決は認めてはならない
投資家対国家の紛争解決が国家主権に影響を与える、又は、投資仲裁裁判所が共通して国家よりも投資家寄りの見解をもっているといった懸念が広まっている[13]。経済協力開発機構(OECD)及び国連貿易開発会議(UNCTAD)はともに投資家対国家の紛争解決のシステムは合法性の危機に直面していると認識している[14]。
TPPの投資の章の草案が2012年に漏洩した。これにより、オーストラリアがTPPの投資家対国家の紛争解決条項に反対した唯一の交渉国であったことが確認されている[15]。他のいずれの国もオーストラリアと同じ立場をとることはなく、オーストラリアの立場はその他のTPP参加国によって受け入れられていない。
投資の章の内容の大半は「非公開」とされていた。将来オーストラリアに例外を認めるような政治判断がなされたとしても、日本もまた同じ立場をとることが認められるかどうかは不明である。とはいえ、投資もまた二国間交渉で協議される非関税障壁(NTM)のうちの一項目であり、米国は強固な投資家対国家の紛争条項を受け入れるよう、日本に強大な圧力をかけるであろう。
日本政府の公式な立場は、米国で言われているところによると、日本は投資家対国家の紛争解決を支持している。2013年5月、ワシントンの在米日本国大使館経済担当の森健良公使は、ワシントンで行われたビジネス・セミナーにおいて、日本はTPPにおける投資家対国家の紛争解決条項を支持すると述べた。さらに、森公使は日米がこの点で協力できるかもしれないことまで示唆した[16]。
自由民主党の条件6:政府調達を含む金融サービスは日本の特徴を踏まえるべきである
公的調達は、並行的二国間交渉において米国が指定している非関税障壁(NTM)のうちの一項目である。TPPにおける調達には、資産担保融資及び金融サービスが含まれる。
・
ネットワークへのアクセス及び支店を通じた商品の販売
・
日本郵政のネットワ-クを通じた販売商品の平等な選択
・
公的な商品及びサービス、施設及びネットワークの利用、規制上の優遇又は政府保証を通じた直接・間接的な相互補助がないこと
・
共済の廃止
・
平等な監督待遇
農林中央金庫もまたターゲットとなる可能性がある。
これらの要求は、「金融サービス及び投資の章」における多国間TPP交渉の対象となる。金融サービスの章には、「簡易保険」について検討した付属書があるとされている。これは、米韓FTAの条項に基づくものである。これらのルールは、TPPの国家対国家及び投資家対国家の紛争解決メカニズムによって実行可能となる。各国の金融サービス及び投資に対する不適合措置の一覧に関する交渉はいまだ決着をみないが、「金融サービス及び投資の章」はいずれもほぼ「妥結」である。ただし、その内容ははその国の金融サービスを特定のルールから保護するのみであり、投資家保護や投資家対国家の紛争解決メカニズムには適用されない。
日本郵政もまた、米国が競争の章の中で提案した国有企業に課される規律の対象となる。米国のこの提案は、他の参加国から強く抵抗された。米国の保険業界は、米国通商代表部(USTR)が日本郵政に対しより厳格な規律を課すために非関税障壁(NTM)交渉において二国間交渉を用いることを期待している[18]。アメリカの商業関係者は、日本が株式会社ゆうちょ銀行及び株式会社かんぽ生命保険の保護に高い優先度を置かないであろうと信じている[19]。
[1] 「日米二国間取引、自動車と非関税障壁(NTM)問題で異なる待遇を迫られる」、Inside US Trade、2013年4月18日。知的財産権に特許及びジェネリック医薬品が含まれるかは明らかになっていない。一部の評論家が、知的財産は著作権、技術的保護手段、地理的表示や刑事・民事執行メカニズムにのみ適用されると述べているためである。
[7] Public Citizen、「米国の医薬品企業がNAFTA外国投資家特権制度を使ってカナダの特許政策を攻撃 特許の無効化に対して1億ドルを請求」、2013年3月、Public Citizen Citizen Global Trade Watch、ワシントン
日
[13] ピア・エーベルハルト、セシリア・オリヴェット、不正から利益を得る いかにして法律事務所、仲裁人及び金融業者は投資仲裁ブームに火を付けるのか、CEI/TNI、ブリュッセル/アムステルダム、2012年11月、www.tni.org/profitingfrominjustice.pdf
[14] 経済協力開発機構(OECD)、投資家対国家の紛争解決 パブリックコンサルテーション:2012年5月16日~2012年7月23日、経済協力開発機構(OECD)、パリ、5;国連貿易開発会議(UNCTAD)、2012年世界投資報告書、国連貿易開発会議(UNCTAD)、ジュネーブ、2012年、xxi
[15] B項への脚注:投資家対国家の紛争解決は次のように記している:「B項はオーストラリア又はオーストラリアの投資家には適用されない。本協定の他のいかなる規定にかかわらず、オーストラリアは本項に基づく仲裁要求の提出に同意しない。」
ニュージーランド・オークランド大学教授。法律・政治、国際的経済規制が専門。新自由主義的なグローバル経済がもたらす負の側面へ警鐘を鳴らす。特に自由貿易定に着目。アジア、南太平洋そして世界の研究者、NGO、労働組合と連携し、国際連帯運動に大きく寄与している。著書に「異常な契約 TPPの仮面を剥ぐ」(農文協)ほか。
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