2015年4月9日木曜日

米国「パブリック・シチズン」がTPP投資関連リーク文書を分析─ISDSで増加する米国の負担

ワシントンDCに拠点を構える米国シンクタンク「パブリック・シチズン」が、《2015年版の投資に関する漏えい資料》について、ISDSを中心に分析をしました。

その中で強調されているのは、これまで途上国中心に締結されてきた自由貿易協定(FTA)と異なり、米国自身が提訴される危険性があると喚起していること。また2012年の漏えい文書に載っていた公共政策を例外扱いする保護規定などが削除され、交渉経過の中でますます多国籍企業の利害を反映したものになってきている点です。

その上で、現在各国で情報開示要求やISDS批判が高まっていることや、米国議会でのTPA法案への反対も強いことなどを踏まえ、今回の漏えい文書は交渉を進める側には降って湧いたような災難だろうとコメントしています。(翻訳:池上明/監修:廣内かおり)

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パブリック・シチズンによる2015年1月版の投資に関する漏えい資料の分析概要の紹介(15.03.25ウィキリークスISDSリーク)
※原文と漏えい文書にアクセス可能→
http://citizen.org/documents/tpp-investment-leak-2015-release.pdf

TPP文書の漏えいにより、無数の外国企業がアメリカの政策に異議を申し立て、税金による賠償を要求できる強大な力を新たに獲得することが判明
外国企業が享受できる法的制度が明らかになれば、TPPに対する論争は激化し、オバマ大統領が推進するファストトラック条項(貿易促進権限)は、いっそう困難になるだろう

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【ワシントン発】漏えいした環太平洋経済連携協定(TPP)の投資関連文書により、次のことが明らかになった。(アメリカの)国内企業は就労機会を低賃金国へ移しやすくなり、多くの外国企業は国民に責任を負わない国外の仲裁機関においてアメリカ政府の決定、法律および裁判所の下した規制を訴え、税金による賠償金の支払いを要求する権限を新たに獲得するようになる。非公開のTPP交渉開始から5年が経ったいまウィキリークスが公開した文書は、TPPによって拡大される、物議を醸す「投資家対国家の紛争解決」(ISDS)制度に対する懸念の高まりが当然であることを立証している、とパブリック・シチズンは述べた。

漏えい文書が立法化されると、アメリカで操業する日本やその他TPP交渉国のおよそ9,000もの外国籍企業は、アメリカの国内企業と外国の企業とに同等に適用される政策についてアメリカ政府を提訴する新たな権限を獲得することになり、ISDSによるアメリカの負担はかつてないほど増加する。現在までアメリカは、ISDSに基づく攻撃に直面することはほとんどなかった。これはISDS条項が適用された過去の協定は、アメリカで投資活動をする企業がほとんど存在しない発展途上国と締結されたものだったためである。

今回の漏えいにより、アメリカの過去の協定におけるISDS条項と同様のものがTPPでも採用されることは明らかである。(米国の過去の協定では)同条項によりこれまで(投資受入れ国における)土地利用規制や、水、エネルギーおよび森林資源政策、そして保健、安全および環境の保護、さらには財政安定化政策とその他諸々に関して攻撃され、海外投資家に対する36億ドル以上の賠償が法廷命令として下されてきた。ISDSの脅威に関する懸念を少しでも払拭すべく、オバマ政権は過去の協定で生じた問題点はTPPでは改善されると主張してきたが、今回の文書を見るかぎり、ISDS条項を採用したアメリカの過去の協定と比べても新たな保護規定は見当たらない。それどころか、合意されていない分野がほとんど残されていない今回の文書には、2012年に漏えいしたTPPの投資関連条項に含まれていた多様な保護規定も削除されている。

「秘密のベールがとり除かれるにつれ、TPPは強大な力を新たに多国籍企業に付与するものと理解せざるを得ない。我々の主権を脅かし、アメリカの納税者を、何十億ドルという新たな負担の脅威にさらし、アメリカ企業がアメリカの法律の下では持たない特別な権利をアメリカ国内で操業する外国企業に特典として付与している」と、パブリック・シチズンのグローバル・トレード・ウオッチ責任者、ローリー・ワラックは述べた。

「今回の漏えいは、企業のロビイストにとって、そしてTPPの議会通過を採決させるためにファストトラック権限の委任について議会の説得に努めている政権側にとっては災難だ」。この漏えいが起きる前から、アメリカやその他TPP交渉国の法律専門家、全米州議会議員連盟、ケイトー研究所そして議員や市民団体の多くは、ISDS制度に反対を表明してきた。外国の個別企業を主権ある政府と同等の地位に引き上げ、国内の法廷を回避して法廷外の仲裁機関に政府を「訴える」ことによって、公的な協定を私的に行使する権限を与えるものだと主張してきたのだ。ISDS仲裁機関の仲裁人には民間の弁護士が充てられるが、彼らは有権者に対して、あるいは判例に基づく制度および重大な利益相反規定に対して説明する責任を問われない。今回の規則には、本案に対する上訴がいっさい認められていない。多くのISDS弁護士は、互いにその役割を交代しあっており、「裁判官」と、会社のために政府を訴える弁護士との両方を務めるもので、本来的に利益相反関係を生じるのである。

TPPでISDS制度がさらに強化されれば、公共利益を侵害するISDS訴訟事件が頻発することになるだろう。南アフリカやインドネシアなど他の国々は、ISDS条項の盛られた条約から撤退し始めている。1960年代以降にISDSの協定が生まれてから最初の30年間で発生したISDS訴訟件数は世界全体でちょうど50件だが、それに比して2011年から13年にかけては、少なくとも毎年50件の外国投資家によるISDSの提訴が行われた。最近の訴訟事件には次のようなものがある。カナダでの医薬品特許制度上の経費節減政策に対するイーライ・リリー社の攻撃、オーストラリアでのたばこ規制という保健政策に対するフィリップ・モリス社の攻撃、カナダでのシェールガス水圧破砕法の停止措置に対するローン・パイン社の攻撃、アマゾンでの有害物大量汚染に伴う支払いを命じたエクアドル裁判所に対するシェブロン社の攻撃、そしてドイツでの原子力発電の段階的廃止政策に対するバッテンフォールズ社の攻撃である。

「当然ながら、多国籍企業だけがそれに見合った法律制度の恩恵を受けられるのであり、彼らは国内の法廷および法律を回避する権限を与えられ、そして我々の国内企業に適用されるのと同じ法律を順守したくないが故に、高給の企業弁護士を擁して法廷に臨み、我々の税金による無制限な賠償金を奪い取る」とローリー・ワラックは述べた。

※漏えい文書のパブリック・シチズンによる分析の原文はこちらをクリックして開く。(更に原文の1ページ、2行目”posted”から漏えい文書の原文を開くことが出来る。)
http://citizen.org/documents/tpp-investment-leak-2015.pdf

TPPによって外国投資家およびアメリカで操業している企業は、アメリカ企業がアメリカの法の下では利用できない広範囲の新しい実質的な手続上の権利と特権を与えられる。これは、国内と国外の企業に等しく適用されるアメリカの政策、裁判所の命令そして行政措置を順守することにより生じる費用に対する補償を、外国企業が要求することを認めるものである。

これには以下のものが含まれる:
・外国投資家は、あるべき待遇による「期待利益」が脅かされることを根拠として、国内及び外国の企業に等しく適用される新たな政策に対して提訴する権限を付与される。これには行 政措置(新たな環境政策、保健政策または金融政策など)に起因する損害、つまり外国企業の投資価値の減損(漏えい文書が「間接的収用」と呼ぶもの)または以前の政府の下では承認された外国投資家への規制水準の変更(同文書が外国投資家にとっての「待遇の最低基準」と呼ぶものに対する違反のこと)に対して、異議を申し立てる権利が含まれる。

・漏えい文書では、アメリカの以前の協定に見られた「待遇の最低基準」という条項とほぼ同様の文言が含まれている。この文言は仲裁機関が、最も警戒すべきISDS規制を発動したときに利用した文言である。仲裁機関はこのあいまいな「権利」を広義に解釈し、ISDS条項を持つ協定には実際には存在しない「投資が行われる国の法律上及び事業上の環境を変えることはない」というような新しい義務をねつ造してきた。このような拡大解釈に基づいて、アメリカの協定の下での「待遇の最低基準」という義務条項は、ISDS係争の全提訴事件の4分の3で外国投資家が「勝利」をおさめる結果を作った。

・この文書は、外国投資家がアメリカの法律で運用されているのと同様の権利に属する財産権よりも、さらに広い分野にわたる財産権が適用される、「間接的収用」であるという訴えに基づく賠請求を認めている。アメリカの法律で許容される「間接的収用」に基づく賠償の範囲は限定されており、一般的にその賠償は、物理的な不動産(例えば土地)を侵害する行政措置の場合にのみ有効となる。しかし漏えい文書では政府が、動産、知的所有権、金融手段、政府の許認可、金銭、少数株式権、その他不動産以外の形態にある財産を規制する時にも、外国投資家が「間接的収用」を訴えることを認めようとしている。

・外国企業は、財政の安定化を進めるための資本規制およびその他の裁量的なマクロ金融規制に対して、賠償を要求することができる。国際通貨基金ですら、資本規制反対から、財政危機を防止または緩和する目的で政策手段を立案する場合には資本規制の支持へとその姿勢を変化させているなか、この義務は資本規制または金融取引税の行使を規制している。資本規制のための「一時的保護規定」として提案された条項では、過去にTPP交渉国政府が金融危機を回避するために用いて成功したものも含め、多くの標準的な資本規制を守ることはできないだろう。

・漏えい文書では、製薬企業に対して、知的財産権の創設、制限または取消しに関する世界貿易機関(WTO)の規則違反を根拠に、TPPのISDS仲裁機関を利用して賠償を要求することを新たに容認している。現在、WTO規則を私的に行使する権限は投資家に付与されていない。けれどもこの投資関連のTPP漏えい文書では、個別の外国投資家が、入手可能な薬品を確実に手に入れられるようにするための政府の政策を直接提訴する権限が与えられる。政府がWTO規則に違反しているとISDS仲裁機関がみなせば、企業はTPPの禁じる知的財産権の「収用」に該当すると訴えることができるのだ。

・外国投資家に対する政府の義務の拡大解釈を可能にし、それを根拠に賠償を命令するISDS仲裁機関の裁量を制限する新たな保護規定がない。漏えい文書には、2005年の中央アメリカ自由貿易協定(CAFTA)以来のアメリカの協定に見られるものと同様の「保護規定」に関する文言が盛られている。TPPでも「保護規定」条項が単純に模倣されているが、CAFTAの仲裁機関はそれを無視し、いかなる政府も同意していない義務に基づいて政府を規制し続けている。2012年に漏えいしたTPPの投資関連文書に見られた保護規定も、今回の漏えい文書では削除されている。間接的収用から公共利益を保護するための規制を削除した規定である。そこでは、「非差別的規制措置…つまり、国民の健康、安全および環境の保護のような、正当な公共の福祉を目的として設計され適用される政策は間接的収用にあたらない」という表明が行われている。今回の漏えい文書では、アメリカの過去の協定に盛られていたような決定的な抜け道が加えられたことによって、その保護条項は骨抜きにされている。

・アメリカを含むほとんどのTPP交渉国は、外国投資によるISDS提訴是認の決定を公開することを決めている。オーストラリア、カナダ、メキシコそしてニュージーランドは外国投資家を事前承認する権利を留保している。しかしアメリカは、計画された外国投資についてその投資が国の安全に対して脅威となるかを裁定するための外国投資委員会の検討結果に例外はないとした。

・ISDS仲裁機関が、外国投資家に対して賠償として支払うことを政府に命ずる金額は、「将来的な期待利益」を根拠とする。その期待利益とは、TPPで認められている投資家の実質的権利に対する違反だとして投資家が攻撃対象としている公共的政策がなかった場合に、投資家が取得できただろうと仲裁機関が推定する利益である。

・文書は、アメリカ政府を世界銀行及び国連による法廷の裁定権限に従わせるものとなろう。全てのTPP交渉国も、同様の最低権限に従うことに同意しているが、オーストラリアだけは「一定の条件次第では」同様の行動をとるかもしれないと表明している。

・ISDS制度に固有の構造的な偏向または利益相反関係は、いっさい矯正されない。ISDS仲裁機関の仲裁人には、有権者や判例に対していかなる責任ももたない高給の企業弁護士が充てられる。彼らは、「裁判官」としての活動と、投資家が起こした政府への訴訟事件を擁護するという役割を交互に務めることを容認されている。訴訟を起こした企業はさらに「裁判官」のうち1名を直接選ぶことができる。今回の文書では、仲裁人が公平であること、利益相反関係を明らかにすること、直接的な利害関係がある場合に自身を不適格であるとすること、が要求されていない。仲裁人の決定に対して、本案を上訴するための内部的及び外部的な機構はいっさいなく、また法定手続きの誤りに対する訴えは、企業弁護士で構成される他の仲裁機関で決定されることになる。漏えい文書では、投資家に支払うべき政府の賠償および仲裁人の料金のような費用の割り当ての金額を、仲裁機関が決定できるとしている。2012年に漏えいした文書には仲裁人の時間当たり料金について、現在支払われている料金幅での最低金額(何人かの仲裁人が受け取っている時間当たり700ドルと比較して、時間当たりおよそ375ドル)を標準とする条項が見られたが、今回これは削除されている。

・「投資」の定義が拡大されれば、TPPによる広範囲で実質的な投資家の権利は、「不動産」をはるかに越えた領域に拡張適用されるであろう。それは、金融手段、知的所有権、規制許認可などに関連した行政措置や政策に対するISDSの攻撃を許容することになる。2012年の漏えい文書の条項では、「投資」の定義、したがって提訴に服する政策の範囲になるのだが、それらを限定しようとしていたものが今回は削除された。また以前漏えいした条項では政府調達、補助金等に関するISDS提訴は容認されていなかったがそれも削除された。

・「投資家」の定義の拡大によって、TPPの非加盟国企業および実際に投資を行っていない企業が、TPPが外国投資家のために確立しようとしている強大な特権を利用することができるようになる。その結果、例えばヴェトナムにある多くの中国の国有企業も、この文書によればアメリカ政府を「訴え」、賠償を要求することができる。

・漏えい文書によると、アメリカの交渉団はいまだに、他の大部分のTPP交渉国の異議を無視して、外国投資家に対しTPP締結国政府と彼らの契約に関する紛争について、次に関する件を ISDS仲裁機関に持ち込める権限の付与を追求していることが明らかになった:国地における天然資源の採掘権、インフラ整備のための政府調達、公益事業の運営に関する契約など
(漏えい文書では、まだ合意に至っていない文言に大カッコがつけられている。パブリック・シチズンは、どの国がどの条文を支持しているかを列挙している文書を見つけている)。

ISDS制度の最終目的は、政府が外国投資家の工場または土地を収用し、国内の裁判制度では賠償されない場合に賠償を獲得する手段を外国投資家に与えることにあったはずだ。時間とともに、その規則と解釈は著しく拡張された。この問題点は、TPPによってさらに悪化することが漏えい文書から明らかになった。提訴を最後の手段として選択するのではなく、企業によるISDS制度の利用は激増し、攻撃の対象となる政策や行政措置が無限に拡大され、実際の収用に対する提訴の事例はほとんど見られない。

外国企業はこのような提訴を駆使して、たばこ、気候、鉱業、医薬品、エネルギー、公害、水、労働、有害物、開発など非貿易的な国内政策を攻撃してきた。政府が勝訴した場合でも、政府は法定費用の分担についての支払いを命じられることがある。ISDS訴訟事件で訴えられている政策が弁護士にかけた費用のみでも平均して合計800万ドルであり、たとえ政府が勝訴を期している場合でも、提訴だけで政府の政策立案に対する委縮効果をもたらすだろう。

アメリカおよび11の環太平洋諸国(オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポールそしてヴェトナム)の交渉官は、ここ数ヶ月でTPPを完成させようと秘密交渉に必死になっている。
(翻訳:池上 明/監修:廣内 かおり)

2015年4月1日水曜日

ミレヤ・ソリス(ブルッキングス研究所):TPPの地政学的重要性と危機にある自由主義経済秩序

 2015年3月13日ブルッキングズ研究所のミレヤ・ソリス(Mireya Solis)氏のTPPについての小論を翻訳しました。
 米国にとってのTPPの地政学的重要性が簡潔に示されています。一方でTPPが合意されなかった場合の問題や、TPAとの関連で議会が新たな地政学的・経済的に負わされるべき責任を展開しています。日本での反対運動における視点とも共通する側面もあるとも言えるのではないかとも思います。(翻訳:戸田 光子/監修:廣内 かおり)

 ミレヤ・ソリス氏は2012年9月に“中立・超党派(?)”のシンクタンクとして世界的にも著名なブルッキングス研究所が日本研究の専門部署を設置した際に研究所のシニア・フェローとして採用され当該部著の責任者に就任した前アメリカン大学准教授。ハーバードの修士・博士課程を卒業し、専門は東アジアの比較政治学、通商政策、日本外交と対外経済政策。

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TPPの地政学的重要性と危機にある自由主義経済秩序
(英語の原文は⇒ The geopolitical importance of the Trans-Pacific Partnership )

 地政学の再来を物語る材料にわれわれは囲まれている。中東の内戦とロシアのウクライナ侵攻がニュースの見出しを占領しているのは言うまでもない。だが、より静かに、潜在的にはより重大な戦略的敗北がアメリカに迫っている=環太平洋経済連携協定(TPP)失敗の可能性だ。なぜ、ほとんど聞いたこともないような通商協定がはかなく崩壊することを心配しなければならないのか? 簡単に言えば、交渉の失敗は、米国の指導力、戦略的地域での重要な連携の深化、新興経済国における市場形成の促進、そして通商政策の未来に壊滅的な結果をもたらすからだ。以下を考慮されたい。

 米国は国際貿易のルール作りができなくなるだろう。世界貿易機関(WTO)はこの20年間、貿易と投資に関する新たな多角的ルールを作ることができないでいる。そしてその間、世界をまたにかけるサプライチェーンは国際的な生産および貿易の形態を大きく変えた。 TPPのような大規模な自由貿易協定(FTA)は、21世紀の貿易の現実にふさわしい新たなルールを提起しようとしているのだ。焦点となっているのは、分散した生産チェーンの効率的管理に欠かせないサービスの自由化(電気通信、交通、など)、対外投資および知的財産権の保護、そして国有企業による略奪的市場行動の回避である。しかしWTOは行き詰まり、各国がさまざまなグループを形成して、経済統合のための基準をそれぞれ定義しようとする分散的競争のシステムに変わってきた。オバマ大統領が警告したように、我々が貿易に関する規則を決めなければ中国が決めるだろう。そして、中国が重商主義的慣行を脱皮するよう促す道が閉ざされることになるだろう。

 アジアへのリバランス(再均衡)が行き詰る。TPPは、米国のアジアへのリバランス政策の(軍事的展開の方向転換に続く)第2段階となるものだ。つまり、この戦略が前進するか、あるいはもたつくかはTPPの命運にかかっている。TPPが失敗に終われば、米国の大国としての力に対する疑問が、再び醜い頭をもたげてくることになる。世界で最も活力に満ちた経済地域と確実につながっていくというアメリカならではの政策も無に帰すだろう。TPPが登場する以前、米国はアジアで進む地域主義から取り残されようとしていたことを忘れてはならない。

 米・日の二国間同盟は重要な支柱を失う。貿易はこれまで両同盟国にとって対立を生む問題だった。TPPが失敗に終われば、米国と日本は農業と自動車の市場アクセスに関する過去の摩擦を乗り越え、21世紀経済の中心となる金融サービスの国際化、知的財産の保護、そしてインターネット経済の管理などの分野に進むことができなくなるだろう。

 国際貿易の課題は行き詰まりを迎えるだろう。TPPが失敗に終われば、この時代の最も重要な貿易課題への取り組みは完全に止まってしまう。そうなった時、貿易上の課題を如何にしたら前進させることが出来るだろうか?WTOは制度的にも、大規模な統合的な課題を前進させるのにはふさわしくない。自ら名乗り出た12ヶ国で協定をまとめることができないのなら、ほかにどんな選択肢があるのか。TPP交渉が崩壊すれば、環大西洋貿易交渉が成功するチャンスは大いに減り、東アジアの貿易協定が大規模な統合を果たす可能性も少なくなるだろう。

今こそTPPの時なのだ!

 TPP協定妥結への扉は急速に閉じられようとしている。2016年の米国大統領選挙が迫っており、今年は厳しいスケジュールの中で多くの重要な節目になる目標を達成しなければならない。貿易促進権限(TPA)法案の採択、市場アクセス分野の米・日協議の現状打開、TPP交渉の全参加国による大筋合意、そして最終的通商協定の採決である。

 何よりもまずTPAを米国議会において通過させる必要がある。TPAに関して何週間も動きのない週が続けば、通商政策はワシントンの機能不全の政治情勢にも影響されない領域だ、とする見通しも立ち行かなくなる。そして、端的に言えばTPAなしにはTPPはないのだ。TPAの議会通過は通商協定を採決する条件ではない、というのが通常の見解ではある。だが、これは技術的議論だ。TPAの本質的役割は、複雑な通商協定の交渉と批准を成功させるための政治的手段だ、と理解する必要がある。

 国内では、TPAは議会が米国の政策の軌道と目標を定める上で重要な役割を持つ、ということを改めて確認するものである。権限を放棄させるどころか、TPAが通れば、議会は通商政策の目標を設定する責任を保持し、交渉の進捗を評価され、通商協定の運命を決定する最終決定者として行動することになるのである。

 国際的には、TPAは交渉相手国に対し、慎重に推し量り相互に譲歩をした包括協定が、批准段階で瓦解することはないことを改めて確認している。とはいえ、確かに、これまで議会が再交渉を要求してきたこともあり、TPAは信頼性のある仕組みとしては不完全である。それでも、たとえTPAのもつ信頼性がわずかなものだとしても、それがなければ、米国が有利な条件を手に入れることはできないだろう。TPP交渉参加国は、将来あり得るだろう“要求”を純粋に懸念しているか、あるいは、デリケートな問題に対して政治的痛みを伴う譲歩を避けるための完璧な口実を得ることになるからである。どちらにしてもTPAを欠くことはアメリカの通商交渉担当者たちの立場を弱めることになる。

TPPが失敗に終わったら、だれの責任か?

 TPPを通過させることはアメリカにとって地政学的、経済的な利益になるだろう。これらの恩恵を得るのに参加国の労働者あるいは規制主権を犠牲にする必要もなく、犠牲にするものでもない。それどころか大規模な自由貿易協定の下では、参加国は(国内で)規制の権利を保持する。というより、協定の目的はより質の高い雇用を創出するために国際的な競争力を高めることにある。

 それにもかかわらずTPPが失敗に終わったら、次なる問題は当然、責任を負うべきは誰か、ということになる。議会は、TPAの可決に失敗すれば、自由主義経済秩序の構築を主導しようとする米国の試みにおいて、足を引っ張ったと言われかねないことを肝に銘じるべきである。

英語の原文⇒ 
■ The geopolitical importance of the Trans-Pacific Partnership
http://www.brookings.edu/blogs/order-from-chaos/posts/2015/03/13-geopolitical-importance-transpacific-partnership
(翻訳:戸田 光子/監修:廣内 かおり)