11月には民主党166名、共和党28名がオバマ米大統領宛てにTPA(大統領貿易促進権限)反対の書簡を送っており、米国議会ではTPP反対の演説も行われています(近々翻訳予定)。 年明けには1月15日に暫定予算が期限切れ、2月7日には国債発効期限が到来します。しばらく米国議会から目が離せません。(翻訳:大谷一平/監修:廣内かおり)
アメリカ合衆国憲法では、連邦議会が“税金、関税、輸入税、物品税を課し、徴収し”、そして“外国との通商を調整する”独占的な権限を持つと定められている。米国を代表して他国と交渉する権限は行政府に与えられているものの、米国との貿易協定は議会の承認なしに発効することはない。これまでの米国の歴史において(下院と上院からなる)連邦議会は協定を承認するために様々な手続きを利用してきた。
ファスト・トラック権限
その手続きの1つがファスト・トラック権限だ。ファスト・トラック権限のもと、議会は大統領に対し、貿易協定に署名する権限と、その協定を正式に承認し国内法を適合させるための施行法を立案する権限を与えている。さらに同権限は、署名された協定及び施行法案が議会に提出されてから90日以内に、議会がその貿易協定の審議を終結することを保証している。下院については60日以内、上院についてはその期間に30日を足した期間内の採決が求められる。ファスト・トラック権限が適用された場合、議会は採決の通常の規則を適用しないことに合意しているとされる。したがって、施行法に対するいかなる修正案も、また署名された協定の変更も認められず、審議は20時間を上限に制限される。上院においても、通常、採決には特別多数決が必要だが、この場合は単なる多数決(過半数)が適用される。
ファスト・トラック権限が採用されていても、米国連邦議会の承認手続きが早まるわけではない。最終的な採決の手続き自体は加速するものの、多くの場合は協定を議会に提出する準備に1年かかり、その後、最終的な議決への90日期間が始まる。これは、ファス・トトラック権限が米国国際貿易委員会に対し、協定の米国経済にもたらす影響に関する包括的調査を要求しているためである。米国国際貿易委員会は施行法案が提案される前に、この調査結果および付随する報告書を議会に提出しなければならない。さらに、協定によって必要となる行政上の変更に関する包括的評価が行われ、その結果が施行法案と共に提出されなければならない。
議会により再交渉を強いられた過去の自由貿易協定
米国の貿易交渉官は多くの場合、議会の役割を軽視し、議会からの要求も無視する。これは、協定がファスト・トラック権限の恩恵を受け、最終的には議会でも強行採決できるとみているためだ。しかし米国交渉官といえども計算違いをすることもある。例えば、米韓自由貿易協定の交渉では、自動車と自動車部品に関する議会側の要求が無視された。しかしブッシュ政権下で2007年に協定が署名されてから3年後、ファスト・トラック権限を適用しても、米韓FTAが下院で過半数を取れないことが明らかになったのだ。すべての貿易協定は両院を通過しなければならない。結局、オバマ政権下において米国交渉官たちは韓国に対してさらなる譲歩を求めることになった。最終的に韓国側が譲歩し、この自由貿易協定は2011年に両院を通過した。
同様に米国・ペルー自由貿易協定は共和党が下院を支配していた2006年に署名された。2007年になると下院では民主党が多数になったため、ブッシュ政権は署名した協定が通らないことに気が付いた。米国交渉官たちはより厳しい労働・環境保護に関する条件の受け入れをペルー側に求め、元の協定に含まれていた医薬品特許に関するいくつかの極端な米国側の要求を取り下げた。そしてようやく、この自由貿易協定は通過した。
しかし、ファスト・トラック権限が適用されない、あるいは適用される可能性が低い場合でも、米国交渉官たちは議会の役割を重要視しない。これは、米国の交渉官たちが、確約された内容が議会の裁量の対象になることが他国の交渉官たちに知られた場合、重要分野の譲歩が引き出せなくなることを懸念しているためである。
ファスト・トラック権限を適用せずにTPPを議会に通す
議会がある協定に対してファスト・トラック権限の適用を拒んだ場合、その協定を議決で承認するためには通常の議会手続きと審議規則が適用される。まず、施行法案を立案するのは大統領ではなく、議会の委員会になる。このときが、署名済みの協定に議会が変更を加える最初の機会である。この手続きを開始するのは貿易に関して第一次管轄権を有する下院歳入委員会と上院財政委員会だ。次に、作成された施行法案は、協定の非関税側面を管轄し、貿易以外を担当する、議会の少なくとも10の委員会に照会される。法案の文書は1つの委員会でまず承認され、 次の委員会に回される。委員会のこの手続きを通して、下院と上院はそれぞれの施行法案を作成する。次に、各議会で法案が承認されると、両案の違いについて折り合いをつけるため、両院の議員からなる委員会が任命される。その結果として共通の文書である“協議報告書”が下院と上院の両院に提出され通過する必要があるが、委員会での手続きに再び戻されることはない。
ファスト・トラック権限が適用されない場合に考えられるシナリオ
施行法の立案に関していえば、連邦議員の大半が要求している条件を行政府が協定に含めていなかったり、大半が反対していたりするような条項が含まれている場合、議会が再交渉を強いる可能性がある。このシナリオが起こる可能性には様々なものがある:
・あらかじめ定められた期間内に決議を採らなくてはならないという定めがないため、要求している変更内容が得られるまで、委員会もしくは下院本会議や上院本会議が施行法の審議を拒否することができる。法案の審理・修正のために議題に採り上げるか否か、またその時期については各委員会の委員長の権限に任される。さらに委員長は、委員会が法案を承認するための採決をとるか、外部に報告として出すか否か、その時期をいつにするか、についても決定できる。修正案および法案を委員会から外部へ報告として出す場合の議決には、委員会の過半数を必要とする。
一方、特定の規定が含まれていること、または除外されていることに不満を持つ委員長は、その懸念が解消されるまでいかなる委員会の手続きも日程に入れないということも可能である。ある施行法案が下院、上院すべての委員会から取りまとめられて出されても、本会議場での審議とそれについての採決を採るか否か、いつ採るのか、については各議会の指導部に任されている。つまり、下院議長と上院与党の院内総務が、各議会での採決を日程に入れることに明確に合意しなければならない。それぞれの本会議場での採決は下院と上院でそれぞれ規則が異なるため、以下で説明する。 日本の農産物の関税はゼロにすべきだとか、強い通貨や国有企業の関連分野を含む問題のように超党派の合意がある場合、議会指導部は、交渉が行なわれ、議会が満足するように協定が変更されるまで、施行法の最終審議の手続きを単に保留にすることができる。
・砂糖や乳製品が米国市場に参入するというような譲歩を回避するなど、特定の強力な利権が関わる問題については、関係する委員会の委員長が委員会の手続きを保留にすることができる。他方で、下院と上院で最終議決までの採決規則の違いがあるが、議会指導部の支持が得られない場合でも、下院の大多数もしくは上院の場合は少人数でも自らの票を保留するか修正を働きかけることができる(米韓自由貿易協定の際に下院で実際このようなことが起こっている)。
以下で説明されるように、上院の規則では、修正案を提出するための裁量が1人の議員にかなり与えられている。このことは、追加交渉により米国交渉官が協定文書に変更を加えたうえでTPPが発効することを条件とする方向へ、施行法案が本会議場で修正される可能性があることを意味する。これは、米国側が譲歩取り下げたり、特定の相手国から追加の譲歩を引き出したり、あるいは広範囲にわたる規則の変更を伴う場合もある。
ファストトラック権限が適用されない場合の下院と上院との手続きの違い
採決の手続きについて、下院と上院では別の規則が適用される。下院には運営委員会があり、そこで重要な議決の審議条件が設定される。委員会は、修正案の提出を禁じたり、審議に制限を設けたり、あるいは修正案をある程度許可し審議の時間を限定したり、各議員による修正案の提出を許可したり、等の決定を下すことがある。重要な貿易協定の場合、委員会は修正案の提出が許可される場合でも、広く支持されている修正案のみを許可することが多い。下院にて修正案を通すには、過半数を得ればよい。
上院はまったく別の仕組みになっている。ワシントンでは“立法の墓場”と言われており、上院は全会一致により事が運ぶ。上院議員が1人でも法案の審議に反対した場合、その反対を乗り越えて審議を始めるには、全会の5分の3の賛成票(全100議席が埋まっているとして60票)が必要になる。各上院議員はさらに法案に対して“保留”を申し立てる権限があり、これは全員一致に加わらないという事前表明になる。法案が最初の60票の壁を乗り越えたあとも、審議は無制限に行われる。審議を終わらせて採決に進むには、再び全会一致の賛成が必要となる。上院議員が1人でも反対すると、討論終結の請願が提出されなければならない。そこで、採決に進むには再び5分の3の賛成票が必要となる。討論終結の請願が通らない場合、その法案は廃案とみなされ、たいていの場合は、貴重な議会での時間を何日間も無駄にする可能性のある議事進行の意図的妨害を避けて、次の議題に移る。議事進行の意図的妨害は、上院議員がスピーチや適当な文書を読み上げて議場を占拠することによって行われる。(つい最近の例として、ケンタッキー州のティーパーティー派共和党上院議員であり、ファスト・トラック権限の反対者であるランド・ポール氏が家にいる子供たちに向けてDr. Seussの絵本を読み上げ時間を費やした例がある。)討論終結の採決が通ると、上院での法案審議中に修正案の提出が認められる。多くの場合、先の2つの圧倒的多数が必要な採決を通った法案について何百もの修正案が提出され、そのうちの何十かについては実際に討論が行われ、採決される。上院で修正案を通すには過半数の票が得られればよい。修正案の審議を切り上げて最終決議へ移るには再び5分の3の票が必要となり、最終決議自体は過半数を得られればよい。
法案が上院を通過するのは、賛成の60票が確保された場合である。この事は通常、様々な小グループや時に上院議員個人の票が必要とされ、彼らの要求する変更が認められたことを意味する。ファスト・トラック権限が適用されない場合、60票ルールは、貿易協定について様々な修正を求めるのがたとえ少人数の上院議員の集まりだったとしても、その協定を再交渉に持っていくための強力な力を持ち得るということを意味している。
議会による承認後でも米国が譲歩を引き出せるもう1つの方法
法案が議会の両院を通過して大統領が署名した場合でも、貿易相手国の国内法と政策がFTAを遵守するうえで米国の期待に応えるものに変更されたことを大統領が確認するまで、米国は協定施行のための法的要件を満たしていることを伝える公式文書の通知を保留することを、米国が最近締結したすべての自由貿易協定の施行法案で求めている。言い換えると、たとえある貿易協定が議会により承認されたとしても、相手国の施行に米国が満足してからのみ、米国が発効を認めるということである。米国・パナマ自由貿易協定のための施行法の関連条項には、例えば次のように記されている: 「パナマ政府が、協定の発効日から効力を有する条項遵守のために必要な対策を講じている、と大統領が認めた時点で、大統領は、パナマ政府がアメリカ合衆国と2012年1月1日以降に協定を発効させるという書面を取り交わす権限を付与される。」
このような政策を実施するため、協定の発効を米国が認める前に、米国政府の当局者たちは米国政府が貿易相手国の国内法や政策に対して要求している変更点のリストを相手側に伝える。その後、米国政府当局は受け入れ具合を見守り、米国にとって必要とされる変化が認められるまで、貿易相手国の政府に法律や政策を変更するよう圧力をかける。2008年のInside U.S. Trade誌の記事によると、米国の役人が貿易相手国まで足を延ばし、米国の要求する国内法への変更に直接参加する例も明らかにしている。[1]当然、このような手法は米国の貿易相手国に相当な政治・政策面の問題を引き起こしている。貿易相手国の政府と民間部門が共に、ある協定で規定されている義務の意味するところや、国内法や政策をかえる必要性について米国の政府・民間部門とは相当異なる見解を持つこともある。
その結果、この仕組みを通して、しばしば意図的にあいまいで不明瞭、そして解釈が対立する貿易協定の条件や規則について、米国の商業利権と米国政府は、他国が米国側の解釈を採用し、国内法や政策を米国の解釈に適合するように変えさせる影響力を持つことができる。 このような手続きには、貿易協定の交渉が行われ、それが署名されて承認された後でも米国がさらなる譲歩を引き出すことにつながっているという批判もある。
当然、米国のこの一方的な承認手続きは、協定が議会に承認された後でも発効が大幅に遅れる結果につながっている。恐らくTPPを考えるうえで一番参考になるのは、中央アメリカ自由貿易協定(CAFTA)のメンバー国に対し米国が国別に発行した適合性証明である。これは米国の要求を受け入れた度合いにより、それぞれの国に対して違う時期に出されている。
一方、CAFTA発効までにとられた長い手続きは珍しくない。例えば、米国・パナマ間の自由貿易協定が署名されたのは2007年6月、パナマ議会が議決したのは2007年の7月である。しかし協定 が発効したのは2012年の11月5日からであり、米国議会が協定を承認して施行法案が米国の法律となった2011年10月から1年後のことである。これはパナマ議会を通過した5年後になる。米国が通達を保留したのは、適合性証明を受けるために必要であると米国が主張した特許、著作権、金融、電気通信、調達、関税、貿易救済措置その他の分野の法律や政策について、パナマが必ずしもすべての変更を行なっていなかったためだった。
米国・ペルー自由貿易協定が署名されたのは2006年4月12日だ。ペルー議会はそれを2006年の6月に批准し、修正議定書を2007年6月に承認した。米国議会がそれを承認し、施行法案を法律として成立させたのは2007年12月。しかし、協定が発効したのは、米国の仕様に適合させるためにペルーが知的財産権、労働、環境保護その他の分野の法律を変更したことを米国側が認めた後の2009年2月だった。(翻訳:大谷一平/監修:廣内かおり)
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