環太平洋経済連携協定(TPP)の草案は新たに特許の特権を与え、ネットの自由を制限する可能性があるが、これは秘密である―多国籍企業のCEO以外には
(by Dean Baker, 2012年8月27日投稿ザ・ガ-ディアン紙)
「自由貿易」と言えばワシントンでは神聖な呪文だ。「自由貿易」のレッテルが貼られていれば何であれ、ワシントン支配者集団の誰もがこれにひれ伏し、支持することを求められる。さもなければ、お偉方リストから除名され、保護貿易主義ネアンデルタール人の地に追放されてしまうからだ。
このことこそ、環太平洋経済連携協定(TPP)、つまり米国がオーストラリア、カナダ、日本およびその他太平洋地域の8ヶ国と交渉中の協定で、今何が進行しているのかを理解する上での根本的背景だ。本協定は「自由貿易」協定としてひと括りにされているため、ワシントンのご立派な方々は1人残らず、TPPを支持せざるを得ないのである。
実は、本協定は貿易とほとんど関係がない。本協定参加国間における実際の貿易障壁は既に極めて低いからだ。TPPとは、諸条件を押し付けたり国内法に優先させたりするために、この自由貿易という聖杯を利用しようという試みの1つ。しかもその方法は、通常の立法化の過程で同様の対策案を通過させようとしたら、ほぼ不可能と思えるようなやり方だ。強大な企業の利益を並べ立てることにより、「のるかそるか(交渉の余地なく受け入れるか、いやなら止めるか)」で、参加国政府がこの新たな「自由貿易」協定を強引に議会通過させてくれることを期待しているのである。
本協定の目的は、この種の多国間協定ではご多聞に漏れず、徐々に領域を拡大していくことである。つまり、TPP先発参加国が受け入れる条件はすべて、太平洋地域のその他の国々にも後に課せられる可能性があるし、さらには世界中の他の国々にも課せられる可能性が大いにあるのだ。
現時点では、TPPの利点について議論することは不可能に近い。政府が草案を一般に公開せず秘密にしているためだ。実際の文書にアクセスできるのは、交渉担当者と選りすぐりの企業家たちだけ。GE、ゴールドマン・サックス、ファイザー社の最高幹部たちは、恐らく全員がTPPの関連セクションの草案を手にしているだろう。しかし、関連の米連邦議会委員会の委員たちには、何が交渉されているのかいまだ教えられていない。
それでもこれまでに漏えいされたいくつかの事項が、TPPの進む方向について多少の洞察を与えてくれる。本協定の一大焦点は、やはり知的財産権保護の更なる強化だろう。レコード音楽や映画については、SOPA(オンライン海賊行為防止法案)の場合と同様の規定を目にするかもしれない。それにより、グーグルやフェイスブックなどインターネット媒介企業の他、実にウェブサイト開設者の誰もが、著作権侵害の監視員(コピーライト・コップ)になってしまう可能性がある。
これらの法的措置は極めて不人気だったため、SOPAが独立した法案として通過することは、恐らくないだろう。しかし、包括的な協定と結びつき、「自由貿易」という聖水で祝福されれば、娯楽産業は欲しいものを手に入れることができるかもしれない。
また、製薬産業も本協定から一大利益を上げられる可能性がある。製薬業界は、1995年WTO協定に当業界が盛り込んだ特許規則の強化が充分ではない、と判断した。特許保護のさらなる強化、特許保護期間の長期化、さらに「新薬データの独占権」の利用拡充を狙っているのだ。競合企業である後発薬品メーカーは、大抵の場合14年間も、別の会社による新薬の安全性と効能についての治験を基に市場に参入することが禁じられることになってしまうだろう。これは政府に許可された独占権である。
著作権及び特許の保護の強化、そして新薬データ独占は共に、自由貿易と真逆であることに留意すべきである。これらは政府による市場介入の増大や競争の制限と関係し、消費者には更なる価格高騰を招くことになる。
実際、著作権保護や特許保護に関わる費用は、つねに自由貿易主義者たちが懸念を示している関税や割当制に関する費用をはるかに凌ぐ。後者の場合、製品価格を20~30%以上引き上げることは滅多にない。しかし、ジェネリック医薬品として自由市場で5~10ドルで売れる医薬品を、特許で保護された処方薬であれば、処方箋につき何百ドル、何千ドルでさえ売れるようにできるのだ。特許保護は、米国の患者たちが薬に支払う代金を年間2700億ドル近く(GDPの1.8%)も増大させる。薬を必要としている人たちに到底手の届かぬものになってしまうことに加えて、こうした市場の歪みが暗示する経済的代償は計り知れない
TPP協定には、同じく論争を呼びそうな条項が多数ある。TPPが創り出すルールは、環境、労働現場の安全性、投資に関する国内法に優先することになるだろう。しかし言うまでもなく、公的に入手可能な草案が手にはいらないため、詳細を語ることはなかなか難しい。
本来なら、TPPはまさしく今秋の選挙で取り上げられるべき類の政策課題だ。投票者は、米国および世界中の人々の医薬品の価格引き上げを支持する候補者に投票したいのか、私たち皆をただ働きの著作権監視員に仕立てることを支持する候補者に投票したいのか、決断する機会を持つべきである。しかしながら、選挙運動のなか、条文も議論もない―これこそ、儲ける側に立つ企業が望んでいることなのだ。
企業側の楽しみを台無しにする方法がひとつある。米国の団体ジャスト・フォーリン・ポリシーはウィキリークスに対して、TPP草案のコピーを公表した場合、現時点で最大2万1100ドル(※訳注:本記事の原文が書かれた時点の数字。2012年9月2日現在で2万4455ドル)の報奨金を申し出ている。一般の人々も資金を提供して報奨金を増額することや、立場によっては、協定案のコピーを世界中の人々が入手できるようにすることが可能だ。
政治指導者らはTPPの条文がテロリストたちの手に渡ることを恐れていると言うだろう。しかし、私たちには本当のことがわかっている。政治指導者らが怖いのは、国民的議論だ。そんなわけで、自由な市場が機能するのであれば、人々はきっと草案を見ることができるようになるはずである。
(翻訳:小幡詩子 監修:廣内かおり)